琉球ニュービジネス協議会の近代化と「平和の配当」に向けて
はじめに
令和八年度の期首にあたり、これまでの歩みとこれからの展望を総括し、謹んで新年度のご挨拶を申し上げます 。私事で恐縮ですが、一昨年にDLBCLを患い、闘病生活を経て昨秋ようやく退院の運びとなりました 。コロナ禍や自身の引退、そして高齢化といった大きな人生の社会変革の渦中にありましたが、現在は「後期高齢者」という人生の航路を巡航しながら、日々寛解を祈り、ようやく現状を客観的に見つめ直す余裕が生まれてまいりました 。
組織の近代化と次世代への継承
当協議会は設立以来、混迷する時代の中で不文律や慣習に基づき運営されてまいりました 。歴代6名の会長がその礎を築き、私自身も緊急事態を含め二度にわたり会長職を務めさせていただきました 。しかし、時代は大きく変容しています。今こそ本会を近代化し、新しい時代に即した組織へと脱皮させるべき時期にあります 。
これまで、JNBC(日本ニュービジネス協議会連合会)への加盟費用を含め、会運営に関する一切の費用を私が負担してまいりました 。これは「共和制か独裁制か」という人類普遍の選択を再考する今の時代において、一つの過渡期としての形であったと考えています 。次年度からは、この時代の変化に組織としてどう適応していくべきか、皆様と共に真摯に検討していく所存です 。
沖縄が成し遂げた「歴史的転換」
私がこの活動を通じて皆様と共有したいのは、過去の成果物と強固なネットワーク、そして「ベンチャー精神」を共にした長い交流の軌跡です 。私たちが参画した「国際都市形成構想(第五次全国総合国土計画・沖縄県版)」では、通常10年を要する計画を20年かけて遂行し、沖縄の位置付けを従来の「太平洋国土軸」から**「アジアの玄関口」へと根本から変革されています。これは当時の県議会を通過した最上位の計画であり、沖縄の基盤そのものです 。
その具体的な事例の一つの成果物が「コールセンター産業の誘致」です 。当時は「絵空事だ」「本土に仕事を奪われる」と揶揄されましたが、現在では直接雇用2万人、間接雇用8万人を数える県内最大規模の産業へと成長しました 。
「黄金の花」の心と沖縄の優位性
なぜ、この産業が他府県に奪われることなく沖縄に定着したのか。その理由は「沖縄の女性の力」にあります 。
1. 全国一位の出生率という生命力
2. 多大な教育投資をしても必ず島に帰ってくる(帰沖する)**という、郷土愛の強さ
この特性こそが、他の都道府県よりも高い投資回収率と定着率を可能にしたのです 。私たちは官民一体となり、県からの補助金や融資に頼ることなく、自前で通信インフラを整え、この産業を確立させました 。金銭的な損得勘定ではなく、沖縄の未来を想う「黄金(くがに)の花」の精神これこそが、私たちが守り抜くべき「矜持」であります 。
未来への提言:100年後の「平和の配当」を目指して
沖縄が抱える米軍基地問題は、一朝一夕に解決するものではありません 。しかし、国際都市としての機能を実践し、アジア全域の平和を構築することによってのみ、「基地を必要としない環境」を作り出すことができます 。
100年、200年という気が遠くなるような時間が必要かもしれませんが、この「平和の配当」を近隣諸国と共に創り出す努力以外に、真の解決策はありません 。実力闘争や一時的な気晴らしで消耗するのではなく、粘り強い「忍耐」を持って、本土と沖縄の架け橋となり、誤解なき未来を創造していくことが求められています 。
結びに代えて
本会には、まだ多くの「金の卵(情報)」が眠っています 。私は命ある限り、沖縄に「全国大会の種」「コールセンターの種」「ベンチャーの種」を運び続け、植え続けてまいります 。どうか皆様の手で、この会を大きく育てていただければ幸いです 。長年にわたる多大なるご支援、ご協力に心より感謝申し上げます 。
令和八年四月吉日
琉球ニュービジネス協議会
会長 西村 繁